Shins Blog 304

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10段のNDフィルターを使うときの露光時間の計算方法

はじめに
3週間ほど前にPetaPixelに掲載された Dr. Kah-Wai Lin氏の記事です。
私自身もごくたまに長時間露光撮影することがありますが、使わない知識はすぐに忘れてしまうので毎回試行錯誤で苦労しています。まさにUse It or Lose Itですね。
今回の記事の内容も多分しばらくしたら忘れてしまうと思いますが、こうして書き残しておけば困ったときに見返すこともできると思って訳してみました。
例によって興の赴くままに訳しているので意訳・誤訳満載かもしれませんがご容赦を。

以下翻訳
10段のNDフィルター(ND1000)を使ったことはおありでしょうか?長時間露光で撮影すると雲の動きを躍動的でダイナミックに捉えることが出来ます。

段数の多いNDフィルターを使うときに試行錯誤でシャッター速度を求めるのが一般的だと思いますが、早朝や夕方などに寒風吹きすさぶなか5分間も露光した挙げ句に露出がオーバーだったりアンダーだったりするのはまっぴらでしょう?さらにあなたがそうした試行錯誤をしている間にも時々刻々と完璧な景色は過ぎ去っていってしまいます。

 特に10段のような遮光力の強いフィルターでカメラ側での露光時間設定が不可能な場合、露光時間を計算する方法はいくつかありますが、ここではその5つをご紹介しましょう。


1.単純計算
2.計算表
3.計算アプリ
4.逆算
5.1秒露光法


1~3の方法は理論的には非常に正確なはずですが10段のような遮光力の強いフィルターを用いる場合はそうとも限りません。これは要するに各メーカーとも10段と言っても本当に10段になっているとは限らないからで、製造の困難さからしばしば1段ほどずれていたりするのです。正確を期して計算しても長時間露光においてはこの誤差が思いのほか大きく反映してきます。


4と5の方法はこのような場合に特に有効で、10段のフィルターを買ったばかりのあなたにはうってつけと言って良いでしょう。


長時間露光を行う際に非常に重要なことは、日の出や日の入りなどでは特にそうなのですが短時間にどんどん光が変化していくということです。それは5分以上の長時間露光においては本当に注意すべきことなのです。


日の出の時、光はどんどん強くなるので露光オーバーになるリスクがありますし、日の入りの頃はどんどん暗くなるので露光アンダーになるリスクがあります。これはこのような時間帯に正しい露光を行うために留意しておくべき事柄です。例えば日の出のときには露光時間を想定より短めにするとか、日の入りのときには露光時間を想定より長めにするなどの対応を考慮すべきでしょう。

 
1.単純計算

単純計算はときにいい仕事をしてくれます!以下がその計算式です。

求める露光時間=ベースになる露光時間×(2のn乗) (nはNDフィルターの段数)

フィルター無しのときのシャッター速度が1/4秒のとき、10段のNDフィルターを付けると

求める露光時間=1/4×(2の10乗)=1/4×1000=250秒

2の10乗は実際には1024ですが誤差は少しなので1000と覚えておくほうが便利です。

 

6段のフィルターの場合はどうでしょう。フィルター無しのシャッター速度が2秒なら

2×(2の6乗)=2×60=120秒

(この場合も2の6乗=64のかわりに60を用いています)。

 

6段のNDフィルター:求める露出時間=ベースの露出時間×60

10段のNDフィルター:求める露出時間=ベースの露出時間×1000

 

露出時間が30秒以上になるような環境ではたいていカメラ側で計算してくれないので自分で計算しなければなりません。そのような暗い環境で暗算するためにはシャッター速度が1/10秒とか1/20秒とかの簡単な数字になるように絞りやISOをイジる必要があります。

 
2.計算表

表は翻訳元のサイトを参照して下さい。表の使い方も簡単なので訳は省略します。

 

3.計算アプリ

これも翻訳元のサイトを参照して下さい。Nisi JapanのサイトにはiOSアプリとAndroidアプリへのリンクもあります。

 

4.逆算

まずシャッター速度30秒、ISO 100、絞りは適当に設定。NDフィルターが付いていれば露出インジケーターはアンダーを指しています。次に露出インジケーターが適正になるまで倍々でISOの段数を上げます(ISO100→200→400→・・・)。このとき何段上げたかをカウントします。
ISOを100に戻します。露光時間をB(バルブ)にします。シャッター速度30秒を段数分倍々に上げていきシャッターを押します。
[具体例]
シャッター速度30秒、ISO1600が適正露出なら、ISO100→200→400→800→1600
なので4段です。従って露光時間は
30秒→1分→2分→4分→8分
となります。ISO 100にして8分露光して下さい。

5.1秒露光法
正しい露光時間があっという間に分かる方法がこれです。この方法は2008年にSam Wang氏が報告しています。
まずフィルター無しでMモードにしてISO6400、シャッター速度1秒でテスト撮影します。うまく撮れているかどうかをヒストグラムでチェックします。うまく撮れているならNDフィルターを装着し露出時間をB(バルブ)にし、ISO 100、1分で撮影します。
テスト撮影でアンダーなら露光時間を1秒から2秒に変更します。OKなら本撮影時間は2分です。3秒なら3分、4秒なら4分(以後同様)。1.5秒なら1.5分です。
テスト撮影でオーバーなら?0.5秒→。0.5分です。
要するに秒を分に直すだけです。

この1秒露光法の原理は露出の三角関係が分かれば簡単です。
ISO 6400からISO100までは6400→3200→1600→800→400→200→100の6段なので2の6乗=64。つまりカメラに入ってくる光は1/64になります。
1分は1秒の60倍なので露光時間を60倍、つまり秒を分に変えてやればほぼ同じ露光になるというわけです。

テスト撮影で10秒→本撮影10分という結果が出たけれども、もっと短い露光時間で撮影したいと思うならISOや絞りを変えればよいでしょう。
例えばISO100で10分ならISO200にすれば5分、ISO400にすれば2.5分ですし、F16で10分ならF11にすれば5分、F8なら2.5分という具合です。

一秒露光法は6段NDフィルターで薄暗くて、でも露光時間が30秒以上なのでカメラオートに頼れない場合も有効ですし、あるいはもっと遮光力の強い15段のNDフィルターでも使えます。

また一秒露光法はNDフィルターを用いない夜間撮影にも有効です。残念なことにほとんどの人は試行錯誤で夜間撮影しています。

 

 以上で翻訳は終わりです。
日本ではNDフィルターの濃さをND4、ND8、ND1000というふうに表現することが多いですが、海外の写真関連のサイトでは1-stop、2-stop、10-stopというふうな表現が一般的です。
この日本のNDナンバーと海外のstopとの関係は以下のとおりです。

f:id:slowhand7530:20200511141243j:plain

Nisiのサイトより。

ND8のような日本式の記述の8という数字はこのフィルターを使うと入ってくる光の量が1/8になるという意味です。ND8は海外では3-stopのNDフィルターに相当しますが、この3という数字は2の3乗、つまり光の量を半分(1/2)にするという行為を3回繰り返すということで、半分の半分の半分は1/8ですよね。この数字は光の量を何回半分にしたかを表しています。

うーん、まぁ日本式のほうが、光の量が何分の一になったかが直感的にわかる数字ではありますが、欧米式の記述にも利点があって、例えばND4とND8のフィルターを持っていてもっと暗くしたいときはND4とND8を重ねて使ったりしますよね。この時NDはいくらなんでしょう?

欧米式なら2-stopと3-stopを重ねるので2+3=5の5段分とすぐにわかります。
(2回(半分)にしてさらに3回(半分)にするんだから合計5回(半分)にしたわけです)

日本式の記述だったらどうでしょう。
ND4にND8を重ねるということは、1/4をさらに1/8に分けるということだから
4×8=32 つまりND32ということですね。
ま、足すか掛けるかだけの違いか(笑)。

ついでにレンズの絞りはなぜ2.8とか5.6とか11とか変な数字が多いのかについてはこちらのサイトに非常にわかりやすく書かれていますので興味のある方は覗いてみて下さい。

 

 

 

メルカリ送料覚え書き


最近メルカリにはまっている。買う方じゃなくて売る方。
初めはいろいろわからなくて戸惑うことも多かった。
一番頭を悩ませたのは発送方法。
ヤマト運輸と日本郵便のどちらで送るか。
どの送り方にするとリーズナブルか。
それで自分用にエクセルで表を作ってみた。
ポイントは出品物の厚さを基準にすること。

ヤマト運輸で送る場合

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 日本郵便で送る場合

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販売価格や利益を計算してくれる表

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いやもちろん価格決定は相場次第だけど
送料がわかっているならいくらの利益が欲しいかで販売価格を決めることができる。

メルカリの取り分は販売価格の1/10なので
利益=販売価格-(販売価格の1/10)-(送料+箱代)
すると販売価格=(希望する利益+(送料+箱代))✕10/9 となる。
エクセルでA2に希望する利益、A3に箱代+送料、A4に販売価格と書き込んで
B4に=(B2+B3)*10/9
これで完成。

さらにA6に販売価格、A7に箱代+送料、A8に利益と記入して
B8に=B6*0.9-B7
と記入すればかんたんに利益の計算ができる。

他愛ない方法だけど一度作っておけばサクッと計算できて便利かもしれない。

 

 

 

 

トム・クルーズの「宇宙戦争」

宇宙戦争というタイトルに惹かれてこの映画を見たひとは、宇宙人の襲来による壮絶な破壊と、絶滅の危機に瀕した人類が苦闘の末に宇宙人達を退治して「ああスッキリした!」という展開を当然予測していたと思いますが、しかし実際には意に反して主人公は逃げ惑うだけで軍隊も宇宙人には全く刃が立たず、最後は宇宙人たちが感染症にかかって自滅するという、なんとも歯切れの悪い結末。

実際ネット上の映画批評も概ねガッカリ感と子供嫌い映画の代表作みたいな扱いが多い。
僕自身もこの映画を見て結末のあっけなさに拍子抜けしたひとりなんですが、ただ僕の中ではむしろこの奥歯に物が挟まったような感じがこの映画を永く記憶にとどめる要因になったように思います。

あらすじを振り返ってみます。
作中の主人公(トム・クルーズ)は三十歳過ぎの港湾労働者。昔で言うところの沖仲仕で、ガントリークレーンという巨大なクレーンを巧みに操って船荷の積み下ろしをしている様子から彼が優秀なクレーン操作技術の持ち主であることがわかる。
(Wikipediaによれば沖仲仕という仕事はかつて高賃金で体力勝負の労働現場で荒くれ者が多かったことから、誤解を避けるため最近では港湾労働者と言い換えられる傾向にあるという。これは後ほど述べる彼のキャラクター設定と密接な関係がある)。

彼には妻と高校生くらいの男の子と小学校低学年くらいの女の子がいる。
しかしすでに妻とは離婚しており、引き取った子供たちも父親の無神経・無教養かつ生活能力の低さと、それに反して父親としての権威や愛情や尊敬をひつこく要求してくることに心底うんざりしている。

つまり彼は彼の家族たちにとってはコミュニケーション不能者として存在しているのですが、実は彼自身はコミュニケーションを拒絶しているわけではなく、むしろコミュニケーションを切望しており、しかし彼にはなぜ対話が不能なのかがわからなくて混乱しており、そのストレスを家族にぶつけることでさらなる対話不能の状態に陥っている。

主人公は機械操作を仕事にしており、機械が好きで車好き、信号無視の荒っぽい運転は日常茶飯で、愛車に載せ替える予定の巨大なエンジンを居間にデンとおいていたり、修理屋より車に詳しくて、息子が勝手に自分の車を使うことを断じて許さず、野球が大好きで、部屋の中は荒れ放題で、娘はもう小学生になるのに生まれた時から彼女にピーナッツアレルギーがあることも知らず、彼女を眠らせる時の子守唄も知らないので、彼女が宇宙人の襲来で怯えているときに彼女に歌ってあげれたのは「オレの愛車」みたいな歌だけだったり、息子の宿題のことも知らず、息子の学費を払っているのは実は自分ではなく妻の新しい夫であることも知らなかったり、冷蔵庫には食べ物はなく、食事はすべてケータリングで、宇宙人が襲来した時の雷の落ちた場所には真っ先に見に行き巨大ロボットが地面から出現して周囲に殺人光線を撒き散らしているのに逃げるより好奇心が優先するという、男の子がそのまま大きくなったようなひとです。自分の機能の拡大と達成には関心があるが、家族や周りの人に対する関心が極端に薄い。
つまり彼は言わば過剰な男性性のペルソナとともにに女性性(アニマ)の欠如した人として造形されているわけです。

そこに宇宙人が襲来する。
宇宙人の巨大ロボットから子供達と一緒に車で逃げているさなかに、彼は息子から徹底的に罵られ、父親としての権威を否定され、人格否定され、また娘のことをこれまで何も知らなかった、そして今も何もしてやれないことの悲しみと無力感に陥る。
見ている方としてはこんな危機的状況のさなかに必死に子供達のことを気遣っているええお父ちゃんやないかという気持ちになるので、それが子供嫌い映画のカテゴリーに位置づけられる理由の一つだと思うですが、実は子供達はかりそめの悪役で、父親がここで徹底的に精神的に追いつめられることが次の展開に繋がります。

そしていよいよ家族が乗ってきた車が暴徒に奪われて、その車を奪った男がまた別の男に射殺されるという衝撃的な場面。フェリー乗り場のカフェのウィンドウ越しにそれを見た主人公は慟哭します。なぜ彼があのシーンで慟哭したか。
あの車に載っていたのは実は主人公の男性性自身で、あの車に乗り続けていたら自分もあそこで射殺されていたということに、主人公が気が付いたからでしょう。
これは彼の「男性性のペルソナ」が決定的に否定されてしまう場面であり、彼は引き剥がされたペルソナとの別れと苦しみに泣く。
おそらくこれがこの物語の分岐点と思われます。
(追記:車を奪われるという出来事だけでなく、すがりついてくる群衆を振りきって突破しようとした主人公の車が停止することになったのが子供を抱いた女性を避けようとして木にぶつかったからというのも非常に暗示的です)。

さて、息子は父親が失った父性を纏(まと)い、代わりに自分は宇宙人と戦うんだと言って、取り憑かれたように丘の上を軍隊の後を追います。取り縋る主人公はここではもはや母親の役割を担っている。
息子に去られた主人公は娘とともに丘の麓の廃屋に逃げこむ。
そこには同じく家族を失って潜んでいる男がいて、彼の「オレは死んでも生き残る」とか、「逃げまわるのはまっぴらだ、アメリカの名誉のためにオレは戦う」とか「あんたはオレとは生き方が違うようだな」といった発言から、彼は主人公のかつての男性性を具現していると思われます。主人公はここで娘のために彼を殺害するのですが、それは主人公が自分の意志で(つまり能動的に)かつてのペルソナを否定することを意味していると思われます。

続いて潜んでいた廃屋に巨大ロボットの食指が大蛇のように入ってきて廃屋内を調べ回ります。親子で地下室を逃げまわるのですがついに娘が見つかってしまい娘が連れ去られそうになる。そこで主人公はナタでその大蛇のような食指を断頭するのですが、ご存知のように蛇というのは男根の象徴で、この断頭とは男性器の切断の暗喩でしょう。これを持って主人公は完全にかつての男性性と決別するわけです。

そこからお話は急展開し、一旦宇宙人に奪われた娘を命がけで取り戻した主人公は娘とともに妻の実家(母性の暗喩)のあるボストンへ向かう。ボストンでは驚いたことに巨大ロボットは機能停止しており、彼らは地球の微生物によって自滅したというのです。ボストンの妻の実家にたどり着いた父娘は妻と息子と再開し、(あれだけいがみ合っていた)主人公と息子は抱擁しあって映画は終わる。
この結末のあっけなさは何でしょう。
それはつまり主人公が偽りの男性性というペルソナに決別しアニマを獲得して家族とリユニオン(再結合)を果たしたことで、もう宇宙人の役目は終わってしまったことを意味しています。つまりこの物語においては、宇宙人というのは単なる舞台回し、狂言回しに過ぎなかったわけです。これは、主人公がアニマを獲得して家族とリユニオン(再結合)するという物語だったのですね。
そしてこの映画のタイトル、日本名は宇宙戦争ですが、原題は"The War of the Worlds" 直訳すると「世界」同士の戦い。
何と何の戦争でしょうか。もうおわかりですね。これは家族とのリユニオンの物語であると同時に、(主人公の内面における)男性性と女性性という二つの世界間の戦いの物語でもあったのです。
H.G.Wellsはそんなつもりでつけたのではないと思いますが。

追記:
5月1日にBSでトム・クルーズの「宇宙戦争」を放映していたので以前書いた感想を再掲しました。物語はその物語を読む人によって様々な解釈が可能です。これは僕自身の解釈であってあなたの解釈ではないということをご理解下さい。