Shins Blog 304

写真のこととか本のこととか

欲する理由を欲する

 

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Leica M10-P Summaron 28mm F5.6
 

 

 

私は動物なので本能的に動くことを欲している
訳もなく動けば腹がへるので動くには理由が必要で
その訳というのは欲望だ
欲望がなぜ生じるかといえばそこに空虚があるからだ

人間以外の動物は空腹や性欲という具体的な空虚が欲望をドライブするが
人間は具体的な空虚がないと空虚を作ってでも欲望をドライブする
どうやって空虚を作るかというといろんな方法があるが
他人の空虚とシンクロするという方法がある

例えばある人(仮にAさん)がBというカメラが欲しいとネットで書く
切々と書く
すると自分も欲しくなってくる
別に自分には差し迫った必要もないのに
Aさんの必要が自分の必要になる
このとき私は自分の妄想が私を騙していることを知っているが
騙されて自分の中に空虚が作られることを喜んでいる
ひとは欲望のためには喜んで騙される生き物なのだ
ひとは常に騙されたがっている

やがてAさんがBというカメラを買う
買って嬉しいAさんのブログを読む
自分ももう手に入れたような気分になる
それなのに手元にはBというカメラがない
空虚である
空虚なので買わねばなるまいと思う
つまりいいなぁという羨望や嫉妬も空虚を作る手段の一つだ
われわれは羨ましがりたい生き物なのだ

別にAさんがいなくても
私はBというカメラを買った自分を想像する
買って行きもしない場所へ行って写真を撮っている私を想像する
つまり私は自ら作り出したお話によって
今はまだ現実化していないという空虚を作り出す
われわれは何もないところにお話を捏造してでも
飢えを作りたい生き物なのだ

念願かなって私はBを買う
さて買ってしまえば空虚も終わりである
手元に残るのはBというカメラだが
これはもう空虚にはなりようがない
メルカリに売ればまた空虚になるが
ブログにBのことを書けば他人の欲望を喚起できる
私は他人も羨むBを持っているので
Bは他人の空虚の源泉である
私は他人の空虚をここに持っている
こうして私は実態としてはBを持っているにも関わらず
あたかもBを持っていないかのように空虚を確保できる
われわれは他人の羨望を
あたかも自分の中の空虚のように感じることができる
優越感という空虚

いやもう別に欲しいものもないし
何もないところに空虚を作り出す気にもなれない
かろうじて日々の空腹などの生理的欲求だけで
最小限の動きをしているのは動物的とも言える
猫を見ているとそんな気がする